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R18シチュエーションボイス、声劇、台本倉庫

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□ その他台詞、朗読等 □

【朗読】革命前夜

全年齢 朗読 声劇台本(一人用)

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「あれ?」


染み入るような寒い朝。
始まりは、ほんの些細な違和感。

通い慣れた通学路。
けれど今日は何かが足りない。
いや、いつから足りなかったのだろう。

この景色は何かが違う。
それだけは明確なのに、その何かを思い出せない。

立ち止まる俺を急かす幼馴染は、制服の下にジャージを履くという女子力ゼロの重装備だ。

気持ちは分かる。
この寒空の下、いつまでも突っ立ってはいられない。
マフラーに顔を埋め、既に俺を見捨てて先を歩き始めたアイツに続く。

大した事ではないだろう。
その時は深く考えようとも思わなかった。



けれど違和感は、翌日上乗せして戻ってきた。


「本屋、潰れてんじゃん」


物心ついた時にはそこにあった。
狭い店内。雑然とした商品配置。
極めつけは、すこぶる愛想の悪い店主のじいさん。

幼馴染みも足を止め、閉めきったシャッターを見る。
だが、いまいちピンとこないといった表情で首を傾げている。


「なんだよ、昔は一緒に立ち読みしてたろ。俺はジャンプ、お前はサンデー。
本屋のくせに煙草プッカプカふかしててさぁ、本までくせーの」


懐かしさ半分、驚き半分で捲し立てる俺とは裏腹。
訝しげな表情のまま暫しシャッターと俺を見比べると、すぐに考える事を放棄したらしい。

いくら忘れっぽい奴だとはいえ、さすがに変だ。
何かがおかしい。



違和感は日を追う毎に増えていく。
一つ。二つ。三つ。

ある日、最初の違和感の正体を思い出した。
ポストだ。
これまた本屋以上の年季を感じさせる、色褪せた赤いポスト。

気付くと同時に、まあいいか、と納得した。
どうせ一年に一度、年賀状を出すときにしか使わない。
その割に、通学路のわざわざ狭い道に配置されたそれは、遅刻寸前で全力疾走している朝など微妙に邪魔なのだ。


思い返せば、消えていったのは全て俺にとって要らないもの。
不快なもの。気に入らないもの。
どうでもいいものばかりだった。

あれ?
これってもしかして、俺の超能力かなんか?
それとも神様って奴に超愛されてるとか?



ふざけ半分だった。
留学時代の自慢話を繰り返し聞かせる英語教師が、明日小テストをする、と言う。

テストなんかなくなればいい。
俺は祈った。
なくなったのは教師の存在そのものだった。
テストどころか誰も英語教師が居た事さえ記憶にない。

この頃になって漸く、事態の深刻さを自覚し始める。
したくないけど。
これからは余計な事を考えないよう気を付けなければいけない。



考えたくないことを考えずにいられる人間が、この世にどれだけいるだろうか。

二日後の朝、また一つ消えていた。
子供の頃から一緒に育った飼い犬。シロが。

異変に気付いてすぐ俺は居ても立ってもいられなかった。
飛び出した先、隣家には見慣れた顔のアイツ。
すがる思いで詰め寄る。
垣根がもどかしい。


「シロが、シロがいないんだ。お前も手伝ってくれ。
父さんも、母さんも、誰も探そうともしない。みんなおかしいんだよ」


犬小屋はある。
確かに、そこに。
しかしそこに何も居ない事を、誰もおかしいとは思わない。

そう。
一緒に育った幼馴染でさえも。


「何言ってんだ……シロだよ、一緒に拾った。
母さんが許してくれるまで二人でこっそり公園で飼ってさ。
残した給食隠して、何度も食べさせてやったろ。
なぁ、思い出してくれよ、覚えてるって言ってくれ。
頼むから、頼むから……」


足元から力が抜けていく。
探しに行かなければ。
誰も覚えていないから、誰も探してくれないから、俺だけはシロを探してやらなければ。

けれど同時に、この罪悪感の虚しさも、どうしようもないくらい自覚していた。
無駄なんだ。
この世界のどこを探そうと、シロはいない。もう戻らない。戻せない。



夜がくる度一つ消え、何事もなかったかのように朝を迎える。
それがこの世界の法則なのだ。

けれどその朝、俺の家では違った。
いつもする筈の味噌汁の匂いがしなかった。


「母さん? メシは?」


返事はない。
思い当たる節は、ある。
シロだ。

俺が散歩を面倒臭がったせいで消えたシロ。
一瞬でも考えてしまった。
あの日母が、散歩に連れていけ、なんて言わなければ……と。


翌日は父が消えた。
消えて欲しかった訳じゃない。
いくら母の事を訴えても何も思い出そうとしない父を、薄情だと感じてしまったからだ。

更に翌日には友人が消えた。
両親を失った事で不安定になっていた俺は、茶化しながらも心配してくれた友人に八つ当たりした。
明日謝ろうと思っていた。
そんな明日は来なかった。



物も、人も、場所も、次々に消えていく。

腹が立つような出来事はない。
けれど、楽しい出来事も起こらない。
ただただ日々が過ぎていく。

一つ、良かった事を挙げるとすれば、最近妙に暖かい日が続いている。
冬もなくなったようだ。

こんな話、誰に相談すればいいのだろう。
誰もいない。
頼れる大人は、もう誰も。



見慣れた顔と言えば、残されたのは幼馴染みのコイツくらいか。

学校も大人がいなくなり、町が機能を失いつつある今、俺達はぼんやり土手を歩いていた。
特に目的はない。

何も気付かぬ幼馴染みだけが、無邪気に虫を探している。

俺はと言えば、誰もいなくなったコンビニから拝借した炭酸水をぶら下げ、アイツの後ろをついていく。

店はある。
店員はいない。
店員がいない事に疑問を抱く人間もいない。
今ある商品がなくなれば、供給も断たれるだろう。

おかしいのは世界か。
自分か。


「お前は変わらないな」


俺の独り言に振り返る。
その表情に危機感はない。

ジャージの膝は土で汚れ、どこでつけてきたのか、髪には絡まったままの葉っぱ。
視線が合うと一瞬目を見開いて、すぐ嬉しそうに緩む。


「もうお前だけだよ、俺には、お前しか残ってない……」


もしもこのまま世界が元に戻らなかったら、俺達はどうなってしまうのだろう。

コイツは野生児だから意外となんとかなるかもな。
昔っから俺について回って、男みたいな遊びばっかして、どろんこになって二人して怒られて……

不意に両親との思い出が過り、視界が滲む。
滲む世界の先にいるのは、コイツだけ。

いや、こんな事になる前から、ずっと俺は……


「好きだ。お前の事。
ただの幼馴染じゃない、ずっと好きだった」


呆けていた顔が歪む。
困惑に眉が寄る。固く結んだ唇。
言葉を探しさ迷う視線。

ああ、駄目だ。駄目だ。
答えは分かっていたのに。
だから言えなかったのに。
俺は、なんてタイミングで、最悪な告白を


「やめろ!!」


考えるより先に叫んでいた。
訴えていた。

誰に?
分からない。
この糞みたいな世界の法則に。


「違う、駄目だ、やめろ!
そんな事望んでない、消さないでくれ、コイツだけはっ……!」


風が、吹いた。
彼女が居た正面から。向かい風だ。
遮る筈の存在は、もうそこに居ない。


「違う……、こんなの、俺……俺のせいじゃない、俺は……」


静かだ。
どうしようもなく、静かだった。


「こんな世界を望んでいたんじゃない」


本当に?


「分からない……」


全ては俺から始まった。
俺が望まなければ、考えなければ……
いや、そんな事は不可能じゃないか。

泣いても、悔やんでも、謝っても、何も戻らない。
誰も帰らない。

そういう世界なのだ。


膝をついた地面が冷たい。
横たわると頬に砂利が食い込む。
望めばこの大地さえ消えてくれるだろうか。

ああ、もう陽が落ちる。
夜が来る。
また夜が。

その前にいっそ、瞼を閉じてしまおうか。


「もう、全部、どうでもいい………………」



いや、違う。

目を開ける。
世界は変わらない。

ポストがない。
教師がいない。
本屋がない。
シロがいない。
両親がいない。
友人がいない。
アイツがいない。

この不都合な世界は変わらない。
それでも俺は、目を背けてはいけなかったんだ。

都合の悪いもの、面倒なものを避け、無かった事にしようとした。
見てみぬふりでやり過ごしてきた。


「そうじゃない!」


誰もいなくなった世界で叫ぶ。
届く相手のいない声を。


「年に一度しか使わないけど、毎年あの邪魔なポストに年賀状を入れに行った」

「どこのコンビニ行ってもジャンプが売り切れてたとき、あの感じ悪いじいさんの店だけ山積みで残ってた」

「母さんは10年以上主婦やってるくせにまだ料理下手で、インスタントと冷凍食品が多くて、でも玉子焼きと味噌汁だけはなんでかめちゃくちゃ美味いんだ」

「父さんはあまり家にいないし、いたらいたで仏頂面で鬱陶しい。
でも、笑う事さえ忘れる程疲れていても、毎日会社に行ってる。それはきっと家族の為なんだって知ってる」


シャッターの上がらない本屋。
「おかえり」が聞こえない家。
静かな犬小屋。

夜が街を飲み込んでいく。
住宅街に明かりが灯らない。

みんな、もういない。


「友達と喧嘩したからなんだよ、次会ったとき謝ればいいだろ」

「ふられたくらいなんだ!
俺は楽しかった、楽しかったんだよ、ほんとに。
兄弟みたいに育って、面白いとこ、放っておけないとこ、実は結構涙もろいとこ、たまに可愛いとこ、数え切れない程知ってる。
毎日アイツに会えるだけで嬉しくて、楽しくて……この毎日を壊したくなくて、ずっと言えなかったくらい……
アイツが俺をどう思ってようと、俺はアイツが好きなんだよ!」

「壊れたら直せばいいんだ、嫌だったら変えればいいんだ、冬があるから春が嬉しいんだ」


でも消えた。
俺のせいで。
俺のせいで。


「返せ! 返せよ!」


ただただ広がる夜の闇に向かって吠える。
返事はない。
意味もない。
けれど何もせずにはいられない。

今までの思い出が、一気に溢れだしてくる。
もう戻らないものが。
かけがえのないものが。
自分が消してしまったもの達が。

何一つ掬い上げられなかった掌へ視線を落とす。
雨のなくなった世界で、一粒、滴が指の間をすり抜けた。

そうか。


「俺が消えれば良かったんだ」



その夜は一つが消え、全てが戻り、また何事もなく朝がくる。



古びた赤いポスト。
しかめっ面で煙草をふかす本屋の店主。
通学路では学生達の笑いと溜息が入りまじる。

見飽きた筈の光景を横目に、少女はかじかむ指先を温めようと息をかけた。


何かが足りない。
それだけははっきりと確信できるのに、この違和感の正体が掴めない。

何かを待っていた気がする。
毎日、毎朝、ここで何かを……誰かを。


ここはちっぽけな少年が一人だけ消えた世界。
そして、少女が、少年を探す物語。

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